大判例

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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)26号 判決

原告 タイガー石油株式会社

被告 城東税務署長

訴訟代理人 麻植福雄 外四名

主文

被告が原告に対し、昭和四〇年三月三〇日付で、原告の昭和三六年一〇月一日より昭和三七年九月三〇日に至る事業年度分の法人税について、所得金額を金一九、六三〇、一六二円としてなした再更正処分のうち、金一一、一七九、一六二円を超える部分、および過少申告加算税を金一六〇、三五〇円としてなした賦課決定は、いずれもこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立て)

一、原告

主文同旨の判決。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

(当事者双方の主張)

第一原告の請求原因

一、原告は、もと商号をペガサス石油株式会社と称し、昭和三八年一一月現在の商号に改変した、石油製品の販売を目的とする、青色申告書の提出承認を受けた会社であるが、原告の昭和三六年一〇月一日より昭和三七年九月三〇日までの事業年度について、同年一一月三〇日、所得金額を金一〇、一四九、六九五円、決人税額を金三、一八三、二一〇円として確定申告したのに対し、被告より昭和三九年三月三一日、所得金額を金一一、一七九、一六二円、決人税額を金三、五九七、一九〇円とする更正処分および右処分に伴う過小申告加算税を金一九、五〇〇円とする賦課決定を受け、更に、昭和四〇年三月三〇日、所得金額を金一九、六三〇、一六二円法人税額を金六、八〇四、七二〇円とする再更正処分(以下単に本件処分という。)および右処分に伴う過少申告加算税を金一六〇、三五〇円とする賦課決定(以下単に本件賦課決定という。)を受けたので、本件処分および賦課決定につき、同年四月一二日大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、昭和四一年一月一四日これを棄却する旨の裁決がなされた。

二、本件処分の理由は、原告が株式会社スタンダード石油大阪発売所(以下訴外者という。)の株式(以下本件株式という。)を原告の代表取締役中野和一に譲渡したのは、低額譲渡であるから時価相当額と譲渡価額との差額八、四五一、〇〇〇円を同人に対する賞与と認定する、というのである。

三、しかしながら、(1) 一株当たり金五〇円という譲渡価格は決して低廉ではなく、時価であり、正当な価格である。(2) 仮に時価が一株当たり金九五円であつたとしても、時価相当額と譲渡価額との差額をもつて旧法人税法施行規則一〇条の三第三項四項に該当するとして賞与と認定したのは、右法令の解釈適用を誤つたもので、違法である。(3) 被告は中野和一に対する課税に際し、原告が同人に一株当たり金五〇円で本件株式を譲渡したことを承認しておきながら、後になつて本件処分をしたのは、禁反言の原則に反し、許されない。以上の理由により、所得金額を金一九、六三〇、一六二円とした本件処分のうち、金一一、一七九、一六二円を超える部分、および本件賦課決定の取消しを求める。

第二被告の答弁および主張

一、請求原因一および二の事実はいずれも認める。同三はすべて争う。

二、本件処分によつて増加した部分の所得金額は金八、四五一、〇〇〇円であるが、被告が右金額を原告の所得と認定して本件処分をした理由は、つぎのとおりである。

(一) 原告は従来、スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーの副代理店として、主として同社の代理店である訴外会社より石油製品を仕入れ、営業活動を行なつていた。ところがスタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーは昭和三六年一二月一一日解体され、エツソ・スタンダード石油株式とモビール石油株式会社の二つに分割されたため、両社間で得意先の獲得をめぐつて熾烈な競争が行なわれるようになり、エツソ・スタンダード石油株式会社は、訴外会社を引き続き代理店として大阪方面の市場を一手に引き受けさせる一方、更に強力な販売網を築くため、訴外会社の下における副代理店であつた原告外数社を自己の代理店に加えるよう猛列な運動を展開し、この運動の過程で、訴外会社を自己の代理店として確保するため、昭和三七年三月頃、原告外数社が所有していた訴外会社の株式を、公認会計士近松正雄の鑑定に基づいて、一株当たり金九五円の価格で買い取ることとし、原告外数社もこれを了承した。そして、このような運動の結果、エツソ・スタンダード石油株式会社は同年四月一日原告外数社とも代理店契約を締結した。

(二) この間、原告は、同年三月二四日の取締役会の決議に基づいて、同月三〇日原告が所有していた本件株式一八七、八〇〇株を一株当たり金五〇円の価格で原告の代表取締役である中野和一に譲渡し、翌三一日右代金総額九、三九〇、〇〇〇円を未収入金として会社帳簿に計上した。

中野和一は、つぎに記載するとおり、右代金を七回に分割して原告に支払つた。

昭和三七年三月三一日    一、〇〇〇、〇〇〇円

四月一九日    三、四〇〇、〇〇〇円

五月 一日    三、四〇〇、〇〇〇円

五月 九日    一、〇〇〇、〇〇〇円

五月三〇日      二八〇、〇〇〇円

六月 五日      二一〇、〇〇〇円

九月三〇日      一〇〇、〇〇〇円

中野和一は、同年五月一一日、原告より買い受けた本件株式、および従前から所有していた訴外会社の株式四三、二〇〇株を一株当たり金九五円の価格で、エツソ・スタンダード石油株式会社に譲渡した。

(三) 以上の経過によつて明らかなとなり原告より中野和一に対してなされた本件株式の譲渡は、時価(一株当たり金九五円)より低廉な価額でなされたのである。ところで、証人がその役員に対して資産を譲渡した場合において、その譲渡価額が帳簿価額と同額またはそれを超えている場合であつても、時価相当額と比較して不相当に低額である場合においては、譲渡価額と時価相当額との差額相当分は、役員に対する賞与たるの実質を有するものと認めるのが相当であり(当時施行の法人税法施行規則一〇条の三第三項四項、および国税庁長官通達昭和三四年直法一-一五〇「改正法人税法昭和三四年三月改正)等の施行に伴う法人税の取扱いについて」参照)、法人は既に実質的には譲渡価額と時価相当額との差額相当分につき経済的利益を実現しているというべきであるから、これを法人の益金に計上すべきことはいうまでもなく、このことは実務上確定された取扱いになつている。

本件の場合、原告は時価にして金一七、八四一、〇〇〇円に相当する株式を、額面金額の合計額九、三九〇、〇〇〇円をもつて中野和一に譲渡しているのであるから、被告は、その差額相当分金八、四五一、〇〇〇円につき、原告が中野和一に対し経済的利益を供与したもの即ち賞与を支給したものと認定し、これを原告の益金に算入した上、本件処分をなしたのである。

三、訴外会社の株式は証券取引所に上場されておらず、また気配相場もないのであるが、その時価を一株当たり金九五円と認定したことの正当性は、つぎのとおりである。

(一) 前叙のとおり、訴外会社の顧問公認会計士近松正雄が訴外会社の株式の価格を一株当たり金九五円と鑑定していた。

(二) 一株当たり金九五円で売買された実例が法人六社および個人六名である。

即ち、大阪中央石油株式会社、尾崎石油株式会社、内外油株式会社、および光陽石油株式会社は昭和三七年五月一一日に、また津田信石油株式会社、および都島石油株式会社は同年一二月に、いずれも訴外会社の株式を一株当たり金九五円の価格で、エツソ・スタンダード石油株式会社に売却した。これらの会社は、いずれも原告と同様副代理店として訴外会社の傘下にあつたもので、その後エツソ・スタンダード石油株式会社の代理店に昇格しており、原告と比較して、特別な関係、事情があつたとは考えられない。

更に、中野和一および内外油株式会社の代表取締役である矢野寿太郎も、同年五月一一日訴外会社の株式を一株当たり金九五円の価格で、エツソ・スタンダード石油株式会社に売却した。

(三) 訴外会社のような非上場株式を評価する方法として、当該会社の純資産額を発行済株式で除算し、これをもつて一株当たりの価格とする考え方がある(純資産法)。そこで、この方法により時価を計算してみるに、訴外会社の本件株式譲渡日の直前に終了した事業年度における貸借対照表によれば、同社の純資産額は金三八二、六四七、二二一円であり、同社の当時における発行済株式数は三、〇〇〇、〇〇〇株であるから、一株当りの時価は金一二七円五四銭となる。

382,647,221円÷3,000,000株 = 約127円54銭

(四) 非上場株式を評価する別の方法として、事業の種類が同一で、かつ資産の構成、収益の状況、資本金額等の類似する上場会社または気配相場のある会社の株式譲渡日における最終価格に比準して、一株当たりの価格を算定する考えがある(比準法)。この計算方法の詳細については、昭和二六・一・二〇直資一-五国税庁長官、国税局長発財産評価通達、一八六、一八六の二、一八六の三にその定めがある。そして、訴外会社に類似する上場会社としては、ゼネラル物産株式会社(以下類似会社ともいう。)を選び出すのが最も適当である。これに対し近松正雄が前記鑑定をなすに際し、訴外会社に類似する会社として、興亜石油株式会社および東亜石油株式会社の両社を選び出したのは、適当といい難い。即ち、訴外会社、類似会社、興亜石油株式会社、および東亜石油株式会社の事業内容等を比較して一覧表に示せば別紙のとおりとなりこれによれば右のようなことが明らかになる。

そこで、この方法により、類似会社を基礎に本件株式譲渡日における時価を計算してみると、一株当たりの比準額は、次に述べるとおり、金一一四円となる。

A×((B''=比準価額

A 本件株式譲渡日における類似会社の株式価額(一二三円)

B 類似会社の本件株式譲渡日に終了した事業年度の最終の日前一年間(昭和三五年一〇月より昭和三六年九月まで)における配当金額(七円五〇銭)

B'価会社(訴外会社)の右同様一年間(昭和三五年四月より昭和三六年三月まで)の配当金額七円五〇銭)

C 類似会社の前同様直前一年間の事業年度中の一株当たりの利益金額(四五円)

C'価会社の右同様一株当たりの利益金額(四一円)

D 類似会社の前同様直前事業年度の最終日(昭和三六年九月三〇日における一株当たりの純資産価額(一四五円)

D'価会社の右同様一株当たりの純資産価額(一二七円)

123×((7.5/7.5)+(41/45)+(127/145))÷3 = 114

(五) 以上述べたとおり、純資産法によれば金一二七円五四銭、比準法によれば金一一四円となるので、この二つの金額を参考にしつつ、その範囲内である近松正雄が鑑定した金九五円で売却された実例もある上、右売買実例の頃と本件株式譲渡日との間に、評価額が異なるか、あるいは時価が変動したと認められる特段の事情も考えられないことも考慮して、金九五円をもつて一株当たりの時価と認定したのである。

第三被告の主張に対する原告の応答および反対主張

一(一)  被告の主張二(一)の事実のうち、原告が従来スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーの副代理店として、同社の代理店である訴外会社より石油製品を仕入れていたこと、スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーが被告主張の頃解体されエツソ・スタンダード石油株式会社とモビール石油株式会社に分割されたこと、エツソ・スタンダード石油株式会社が訴外会社を引き続き代理店としたこと、および原告外数社もエツソ・スタンダード石油株式会社の代理店となつたことは、いずれも認めるが、原告がエツソ・スタンダード石油株式会社の代理店となつたのは昭和三七年四月一日であつたこと、および同年三月頃エツソ・スタンダード石油株式会社が原告所有の本件株式を一株当たり金九五円の価格で買い取ることとし、原告もこれを了承したとの事実はいずれも否認する。その余の事実は知らない。

原告は同年四月下旬にエツソ・スタンダード石油株式会社の代理店となり、同年五月一日より取引を開始した。同年三月頃、エツソ・スタンダード石油株式会社が原告に対し本件株式の買取方を申し入れた事実はなく、同年四月中旬以降になつてはじめて、中野和一に対し買取りの交渉があつたのである。近松正雄の鑑定も同年四月中旬以降になされた。

(二)  同二(二)の事実はいずれも認める。但しいわゆる配当落の価格を一株当たり金五〇円としたもので、本件株式の配当金は原告の所得とした。

(三)  同二(三)の主張はすべて争う。

(四)  同三のうち、訴外会社の株式が証券取引所に上場されておらず、また気配相場もないこと、および訴外会社、類似会社、興亜石油株式会社、東亜石油株式会社の事業の内容等が別紙のとおりであることは、いずれも認めるが、本件株式の時価が一株当たり金九五円であつたとの主張は争う。

二、一株当たり金五〇円という価格は正当である。

(一)(1)  昭和三七年三月末以前六ヵ月以内に一株当たり金五〇円の価格で取引された売買実例が相当あつた。

(2)  原告は、前叙のとおり、本件株式を一八七、八〇〇株所有していたが、商業帳簿上一株の価格を金五〇円と記帳していた。

(3)  原告には、本件株式譲渡の当時、早急に多額の資金を必要とする事情が存在した。

原告は、布施市高井田西二丁目三番地に所在する石油の貯蔵および営業所について、布施消防署より、口頭あるいは書面をもつて数回にわたり、改築すべき旨の勧告を受けていたので、右勧告どおりの石油貯蔵所を設置する必要を認め、営業所および貯蔵所を移転することにふみ切り、昭和三六年五月一〇日現在の本店所在地の土地を金三〇、八三九、二五〇円で買い受けたが、地上の建物および石油貯蔵所(ガソリンスタンド)の設備等に約三〇、〇〇〇、〇〇〇円が必要であつた。このため原告は金融機関や訴外会社より合計金一七、二四一、八八四円を借り受けたが、なお約金一二、六〇〇、〇〇〇円の資金が不足し、折からの金融引締策のため、他に金融の道がない上、換金できる資産としては、高槻市所在の土地四三五坪および本件株式しかなく、右土地を早急に換金することは困難であり、本件株式も証券市場で換金することは不可能であつたばかりか、訴外会社の決算期は三月末日であるため、四月に入ると株主名簿が閉鎖され、名義の書換えが二ヵ月も先になり、株式の換金が遅延して原告の資金需要に間に合わない等の事情が重なつたので、昭和三七年三月二四日の取締役会の席上、電話をもつて訴外会社の前田総務部長に株価を照会したところ、現在までの売買は非上場のためすべて額面価額で取引されているので、原告の場合も額面価額が最も妥当であるとの回答を得、その結果右取締役会において、本件株式を一株当たり金五〇円の価格で中野和一に譲渡すること、同月三一日までに名義の書換えをするが、配当金一、四〇八、五〇〇円が中野名義で支払われたときは、これを原告に返還することという決議がなされた。中野和一はこの決議に基づいて原告より本件株式の譲渡を受け、代金は被告主張どおりの日に分割して原告に支払い、配当金は後日原告に返還した。

(4)  以上のとおり、一株当たり金五〇円という価格が正当な時価であつたというべきである。

(二)(1)  被告は、本件株式譲渡と、その後エツソ・スタンダード石油株式会社が一株当たり金九五円の価格で買い取つた実例との間には、特別な事情はなかつたと主張する。しかし、右両者の間にはつぎのような特別な事情があつたのである。即ち、従来訴外会社より石油製品を買う場合には、長期支払条件が認められていたが、昭和三七年四月下旬にエツソ・スタンダード石油株式会社の代理店となつて同社より石油製品を買う場合には、短期支払条件となるので、エツソ・スタンダード石油株式会社は、代理店を育成するという政策目的から、訴外会社の株式を一株当たり金九五円の価格で買い上げたのである。したがつて、かつて訴外会社の副代理店であつてその株式を所有しているものであつても、モビール石油株式会社の代理店となつたものが、株式買上げの恩恵を受けなかつたのは当然のことであり、これらの代理店では訴外会社の株式の処理に困り、同年八月原告に一株当たり金五〇円の価格で買わせたことがある。

(2)  被告は訴外会社に類似する会社としてゼネラル物産株式会社を挙げているが、これは甚しく失当である。即ち、訴外会社は非上場会社であるのに対し、ゼネラル物産株式会社は上場会社であり、両社の間には、その営業形態、機械および装置、その外資本金構成等において、格段の相違がある。

三、仮に時価が一株当たり金九五円であつたとしても、時価相当額と譲渡額との差額をもつて、中野和一に対する賞与と認定したのは違法である。

(一) 旧法人税法施行規則一〇条の三第三項四項は憲法八四条の租税法律主義の原則に反しているから、これに基づいてなされた本件処分は違法である。

即ち、租税に関する事項、殊に課税要件実体規定および手続規定は、いずれも法律によつて定められるべきであり、租税法律主義の根本趣旨からいえば、命令への委任は具体的個別的であることを要し、概括的、白地的委任は許されない。しかるに旧法人税法は九条七項において、「第一項の所得の計算に関し必要な事項は命令でこれを定める」旨の包括的白地委任規定を設け、これをうけて右規則一〇条の三第三項四項が定められているのであるからこれに基づく課税は違法である。

(二) 旧法人税法施行規則一〇条の三第三項四項は、役員報酬または給料を定めたものであつて、債務の免除等経済的利益を与えたものも含むとされているが、被告はこれを拡張解釈して、低廉な価額で譲渡した場合は、その資産価値と譲渡価額との差額に相当する金額を賞与であると解釈し、加えるに原告には何らの益金も発生していないにもかかわらず、恰も賞与と認定したものに相当する金額だけ原告に益金があつたとみなし、法人税を課そうとするのであつて、これはあらたに租税を設定すると同一の効果をもたらすことになり、憲法上許されない。被告はこのような場合、通達によれば、法人に益金があつたとして課税するのが当然であり、実務上確定した取扱いであると主張するが、通達によつて法律を拡張解釈することはできないし、また慣行や取扱いによつて課税することもできない。

(三) つぎのような事情の下においては、原告は本件株式を不当に低い価額で中野和一に譲渡したことにはならない。

(1)  スタンド・バキユーム・オイル・カンパニーが二社に分割されたため、訴外会社は大阪府における代理店として独占的地位を喪失するに至り、原告ら多数の業者は訴外会社の株式を所有する必要がなくなつたので、訴外株式を買おうとするものがいなくなつた。

(2)  昭和三六、七年当時、石油製品の市況は下落の一途をたどつていた。

(3)  原告が中野和一に譲渡したのは、一時に一八七、八〇〇株という多数の株式であつた。

(4)  前叙のとおり、原告は多額の移転費を早急に必要としていた。

(5)  前叙のとおり、配当金は原告に返還した。

四、被告は、中野和一に対し昭和三七年の所得税を課税する際、本件株式は一株当たり金五〇円の価格で原告より譲渡されたと認定しておきながら、本件処分をしたのは、正議の理念より当然生ずる法原則、即ち禁反言の原則に反するというべきであつて公法の分野においても、この原理を否定すべき理由はない。

五、前叙どうり、原告は配当金として一株当たり金七円五〇銭の割合による金員を取得したから、実際の譲渡価格は一株当たり金五七円五〇銭であつたとみるべきである。したがつて、仮に時価が一株当たり金九五円であつたとしても、時価との差額は一株当たり金三七円五〇銭とすべきであつて、原告の所得金額は金七円五〇銭に一八七、八〇〇株を乗じた金一、四〇八、五〇〇円だけ減ずべきであるから、本件処分はその範囲で取り消されるべきである。

(証拠関係)省略

理由

一、原告の請求原因一および二の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、本件株式譲渡がなされた前後の事実関係のうち、当事者間に争いのない事実は、つぎのとおりである。

(一)  原告は、従来スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーの副代理店として主として同社の代理店である訴外会社より石油製品を仕入れ、これによつて営業を行つていた。ところが、スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーは昭和三六年一二月一一日解体され、エツソ・スタンダード石油株式会社とモビール石油株式会社の二つに分割された。そこで、訴外会社および原告外数社は、エツソ・スタンダード石油株式会社の代理店となつた。

(二)  原告は、昭和三七年三月二四日の取締役会の決議に基づいて、同月三〇日原告が所有していた本件株式一八七、八〇〇株を一株当たり金五〇円の価格で、原告の代表取締役である中野和一に譲渡し、翌三一日右代金総額九、三九〇、〇〇〇円を未収入金として、会社帳簿に計上した。

中野和一は、つぎのとおり、右代金を七回に分割して原告に支払つた。

昭和三七年三月三一日    一、〇〇〇、〇〇〇円

四月一九日    三、四〇〇、〇〇〇円

五月 一日    三、四〇〇、〇〇〇円

五月 九日    一、〇〇〇、〇〇〇円

五月三〇日      二八〇、〇〇〇円

六月 五日      二一〇、〇〇〇円

九月三〇日      一〇〇、〇〇〇円

中野和一は、同年五月一一日、原告より買い受けた本件株式および従前より所有していた訴外会社の株式四三、二〇〇株を一株当たり金九五円の価格で、エツソ・スタンダード石油株式会社に譲渡した。

三、そこで本件株式の時価、即ちそれが有する客観的交換価値について考察することとする。

訴外会社の株式が証券取引所に上場されておらず、かつまた気配相場もないことは当時者間に争いがないところ、被告は、本件株式の時価を一株当たり金九五円と認定したのは正当であると主張するので、被告が主張する正当性の根拠について、以下順次検討を加えることとする。

(一)  まず被告は、訴外会社の顧問公認会計士近松正雄が訴外会社の株式の価格を一株当たり金九五円と鑑定していたと主張するので、この点について検討することとする。

(1)  〈証拠省略〉によれば、つぎのような事実を認めることができる。

訴外会社は、スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーが二社に分割された後、エツソ・スタンダード石油株式会社の代理店となることに決定したが、従来訴外会社の傘下にあつた石油業者のうち、モビール石油株式会社の代理店となつたものが、引き続き訴外会社の株式を所有したり、あるいはこれを別系列の同業者に譲渡すれば、訴外会社の営業活動に支障をきたすことになるので、これを買い取る準備を進め、昭和三七年四月中旬頃近松正雄に対し同年三月三一日現在における訴外会社の株式の評価を依頼したところ、同人は、株式評価に関する報告書という書面〈証拠省略〉をもつて、専門外のことであるので、責任ある回答はできないがと付言しながらも、左のような三つの評価方法を掲記しつつ、結論として一株当たり金七〇円が公正妥当な価格であると鑑定した(近松正雄は被告が主張するように金九五円と鑑定したのではない)。

(ア) 第一の方法(利廻り法)主として証券会社が第二市場の株式を育てる場合に元受けする評価方法

額面五〇円×(訴外会社の配当率0.15/適正配当率0.08)=94円

(イ) 第二の方法(純資産法)主として債権者が会社に継続して融資するか否かを判定する評価方法

額面50円×(正味身代356/資本金150)=112円

(ウ) 第三の方法(比準法)国税局が相続税を課する場合に用いる評価方法

A 興亜石油を比準すれば 七〇円

B 東亜石油を比準すれば 七七円

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(2)  そこでまず、第一の方法について考えてみることとする。

前掲〈証拠省略〉によれば、証券会社がある会社の株式を証券取引所の第二部市場にはじめて上場しようとする場合に、最初の価格を決定する方法として最もよく利用されるのがこの第一方法であるということが認められる(右認定に反する証拠はない。)。

確かに株式の所有を利殖の一手段という観点からみれば、株式の配当率がいかほどであるかということが、当該株式の価格を形成する上で重要な一要素となることは明らかである。そして、株式は元本が保証されていないという点を考慮に入れると、銀行の定期預金の利率との比較において、それよりも多少高率のところに適正配当率を設定し、これを基準として株式の価格を割り出すということも、一応の合理性を有しているというべきであろう。しかしながら、株式の価格は、当該会社の資産の構成、収益の状況、資本金額等複雑な諸事情によつて形成されるものであるにもかかわらず、重要な一要素であるとはいえ、配当率のみを評価のよりどころとしてとらえ、その外の諸事情を一切捨象してしまう方法は、簡略に失する評価の仕方であるといわねばならない。のみならず、適正配当率を八分とした合理性については、前掲近松正雄の証言、その外全証拠によつても明らかでない。 したがつて、第一の方法は訴外会社の株式の価格を評価する方法としては適切でない。

(3)  つぎに、第二の方法について考えてみることとするが、訴外会社の株式を評価する場合、この方法を採りえないことは、三(三)において後述するとおりである。

(4)  更に、第三の方法について考えてみることとする。

ところで、比準法といわれる評価方法、即ち、事業の種類が同一で、かつ資産の構成、収益の状況、資本金額等の類似する上場会社または気配相場のある会社の株式譲渡日における最終価格に比準して、一株当たりの価格を算定する方法が、訴外会社の株式を評価する上で、至当な方法であることは、三(四)(1) において後に判示するとおりである。しかし、この方法を用いて評価する場合には、訴外会社と類似している会社をいかにして選び出すかが最も重要な点であり、この選択を誤れば、評価額もまた大きな誤差を生じることになるのである。近松正雄は訴外会社に類似する会社として興亜石油株式会社および東亜石油株式会社を選び出している。ところが、被告の主張によれば訴外会社に類似する会社として、右両社を選び出すのは適当でなく、ゼネラル物産株式会社を選択するのが最も適当であるというのである。そうすると、被告の主張自体によつても、近松正雄の第三の方法による鑑定は、その前提となる訴外会社に類似する会社の選択を誤つたということになり、到底適正な評価とはいい難い。

(5)  以上のとおりで、近松正雄が訴外会社の株式の価格を一株当たり金七〇円と鑑定したのは、その根拠を失うことになるから、被告が右鑑定によつて、本件株式の価格を一株当たり金九五円であると主張するのは失当である。

(二)  つぎに、被告は、一株当たり金九五円の価格で売買された実例があつたと主張するので、この点について、検討することとする。

(1)  確かに、前示のとおり、中野和一は昭和三七年五月一一日原告より買い受けた本件株式および従前から所有していた訴外会社の株式四三、二〇〇株を、一株当たり金九五円の価格で、エツソ・スタンダード石油株式会社に譲渡しており、また〈証拠省略〉によれば、大阪中央石油株式会社は昭和三七年五月一二日頃に、津田信石油株式会社は同年一二月二〇日に、都島石油株式会社は同月二五日に、玉垣春義は同年五月頃に、玉垣信太は同年六月頃に、国見啓二は同年一二月二二日に、内外油株式会社および矢野寿太郎は同年六月頃にそれぞれ訴外会社の株式を、いずれも一株当たり金九五円の価格で、エツソ・スタンダード石油株式会社に譲渡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2)  そこで、エツソ・スタンダード石油株式会社が多数の会社あるいは個人より訴外会社の株式を一株当たり金九五円の価格で買い受けた前後の事情について、考察を進めることにする。

〈証拠省略〉を総合すれば、つぎのような事実を認めることができる。

訴外会社は、従来スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーの大阪府下における最有力代理店として、大阪府下において同社の石油製品の約七割を販売し、副代理店三五余りをその傘下に収めていたが、スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーが昭和三六年一二月一一日解体され、エツソ・スタンダード石油株式会社とモビール石油株式会社の二つに分割されたのを契機として、両社の間で代理店獲得をめぐる争奪が多少なされた後、副代理店の一部が訴外会社の支配から脱することになり、そのうち五社がモビール石油株式会社の代理店となり、また、原告を含む一二社は、昭和三七年二月中旬頃より、エツソ・スタンダード石油株式会社と交渉を重ねた結果、同社の代理店となることを決定して、同年四月一日同社が発足すると同時に代理店契約を締結し、訴外会社もエツソ・スタンダード石油株式会社の代理店として留つたので、この点において訴外会社と同格になつた。しかし、原告を含む右一二社は、訴外会社と比較して資本力が弱体であつたので、エツソ・スタンダード石油株式会社との交渉の過程において、訴外会社より圧迫を受ける懸念を訴え、訴外会社との取引の場合よりも支払条件が厳しくなることに対しては緩和策を要望していたところ、エツソ・スタンダード石油株式会社も、副代理店として訴外会社と取引するのであれば、七五日から九〇日、場合によれば一五〇日後を支払期日とする手形によつて代金の決済ができたにもかかわらず、代理店として直接エツソ・スタンダード石油株式会社と取引することになれば、四五日後の現金取引ということになつて、支払条件が厳格になるので、金融面において補強策を講じる必要を認め、また、訴外会社が副代理店やその役員に半ば強制的に所有させていた訴外会社の株式が系列外の第三者に譲渡されると、訴外会社が弱体化し危険であるので、新たに自己の代理店となつたものやその役員が所有している訴外会社の株式を買い取る方針を固め、同年四月中旬頃には相手方にもその意向を伝えて、同月下旬頃正式に買い取ることを決定した株式の価格については、額面金額を多少上まわる価値があるだろうとの判断の下に、近松正雄の前示鑑定を参考としつつ、従前の売買実例を何ら調査しないまま、エツソ・スタンダード石油株式会社の方で一方的に一株当たり金九五円と決定した。中野和一に対しても同月中旬以降に、一株当たり金九五円の価格で訴外会社の株式を買い取る旨の申出があり、同年五月一一日に売買契約が成立した。中野和一は同年七月頃より、訴外会社の株式を売却した代金のほとんど全額を原告が銀行より金融を受けるための担保に提供することとした。しかし、エツソ・スタンダード石油株式会社は、モビール石油株式会社の代理店となつたものが所有している訴外会社の株式に対しては、買取りの申出をしなかつた。

以上の事実を認めることができ、〈証拠省略〉は右認定の妨げとはならず〈証拠省略〉ならびに〈証拠省略〉は、〈証拠省略〉と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  一方、〈証拠省略〉を総合すればつぎのような事実を認めることができる。

(ア) 原告は、布施市高井田西二丁目三番地において、本社事務所および石油類の貯蔵所を設置して営業していたところ、敷地が狭隘であるため、付近住民の不安も大きく、布施消防署より度々その改善方の勧告を受けていたが、昭和三六年三月二四日終に書面をもつて移転すべき旨の勧告を受けるに至つた。そこで原告は移転を決意して、同年五月一〇日現在地である大阪市城東区今福北五丁目一〇番地の二に約四一二坪の土地を代金三〇、八三九、二五〇円で購入することとして、地上建物および石油貯蔵所等の施設については、不二建設株式会社に建設を請負わせることになり、同年一一月一六日に起工した。ところが、右施設を建設し、備品、機械等を購入するためには当初の見積においても約三〇、〇〇〇、〇〇〇円が必要であり(最終的にはなお三、〇〇〇、〇〇〇円余りが必要となつた。)このうち金一七、四〇〇、〇〇〇円余りは中小企業金融公庫、スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニー、および商工組合中央金庫大阪支店より調達することができたが、昭和三七年三月二四日現在において、金融引締めという事情もあつて、なお約一二、六〇〇、〇〇〇円が調達できなかつた。このため同日開かれた取締役会において、その善後策について種々協議がなされた結果、不足資金を調達するためには高槻市大字上牧所在の原告所有土地を売却するか、あるいは本件株式を売却する以外に方法がないが、右不動産を早急売却することは不可能なので、右株式を売却して換金すべきであるとの結論に達した。しかし、訴外会社は三月三一日を決算期日としており、四月になれば二カ月間株式名議が閉鎖されるし、非上場株で市場性に乏しい上に配当落となればなおさら買手を探すのが困難であるので、早急な資金需要をみたすためには、原告の代表取締である中野和一が買い取るべきであるということに意見が一致した。株式の一株当たりの価格については、この数日前にも経理担当の小松原時治が訴外会社に問い合わせていたが、取締役会の席上でも訴外会社の前田総務部長に電話で照会したところ、従来いずれも額面額どおり一株当たり金五〇円で売買されているとの回答があつた。この回答に基づき、原告は中野和一に対し、本件株式を一株当たり金五〇円の価格で譲渡することにしたが、後日中野和一の方で右株式を他に右価格よりも高く譲渡し、あるいは低く譲渡することになつても、双方に異議がないことが確認され、更に原告は年度末まで株式を所有していたのであるから、本件株式の配当金は原告に帰属されるべきであると決定された。もつとも、その後本件株式が金五〇円よりも高い価格で譲渡できるようになろうとは、取締役は誰も予想できなかつた。その後中野和一は本件株式の配当金を原告に返還し、原告はこの事実を自己の経理関係の帳簿に記入した。

(イ) 訴外会社では、増資をする際に、原告のような副代理店やその役員に対し、半ば強制的に自己の株式を所有させていたが、取引に当たつては、右株式を額面額どおり一株当たり金五〇円と評価した上担保として訴外会社に提供させていた。モビール石油株式会社の代理店、八洲鉱油株式会社の役員である岸下隆は、昭和三七年八月頃、原告に対し訴外会社の株式二〇、〇〇〇株を一株当たり金五〇円の価格で譲渡した。

(ウ) 訴外会社は、従前より一割五分の配当を続けており、本件株式譲渡がなされた直前の決算期である昭和三六年三月三一日現在においては、当期利益金として金一一五、九〇六、九九八円を計上して、このときも従前どおり一割五分の配当を実施した。しかし、スタンダード・バキユーム・オイル・カンパニーが二社に分割されたのを機会に、従来訴外会社の有力な副代理店であつた約一七社がエツソ・スタンダード石油株式会社又はモビール石油株式会社の代理店となつて、訴外会社の支配から脱することになつたので、訴外会社の市場占有率が低下し、取引額も大幅に減少することが予想され、その上、訴外会社における販売面の実力者であつた玉垣春義が退社して神戸で別会社を始めるという事情(このことは、原告らにとつて、訴外会社の営業面における圧力を排除するために望ましいことであつた。)も加わつたため、訴外会社の将来の営業成績について不安が持たれていた。

(エ) 昭和三六年より昭和三七年にかけて、石油製品に対する需要は漸増していたとはいえ、景気後退という一般経済界の動向を反映して鈍化の傾向をたどり、同年一〇月に予定されていた原油自由化に対処するため、市場拡大の過当競争が激化して、供給過剰に陥つたので石油製品の価格は著しい軟調を示した。そのため石油業界は全般的に不振と混迷の状態におかれ、収益が悪化した。

以上の事実を認めることができ、〈証拠省略〉は〈証拠省略〉をも考慮に入れると、右認定の妨げとならず、〈証拠省略〉もまた右認定の妨げとならないし〈証拠省略〉は、前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(4)  三(二)(1) 、同(2) 、および(3) (ア)乃至(エ)の事実を総合して判断すると、訴外会社の株式が一株当たり金九五円の価格で取引された売買実例は、いずれもエツソ・スタンダード石油株式会社が新たに同社の代理店となつたものあるいはその役員より買い取つたものであるところ、これらはこれらの代理店に対し金融面において補強策を講じるという政策的配慮でなされたという性格が強く、その上、訴外会社の株式が系列外の第三者に取得されて訴外会社が弱体化する危険を防止するという事情も加わつていたのであり、一株当たり金九五円と価格を決定するについても、何ら他の売買実例を調査することなく、前示のとおり、信頼性のない近松正雄の鑑定に基づいて、エツソ・スタンダード石油株式会社が漫然と一方的に決定したのであつて、右売買実例をもつて、本件株式がもつ客観的交換価値、即ち時価を適正に反映したものとはいい難い。

したがつて、被告が右のように売買実例を根拠として、訴外会社の株式の価格が一株当たり金九五円であつたと主張するのは、失当である。

(三)  ついで、被告は、訴外会社の純資産額を発行済株式数で除算すると金一二七円五四銭となり、この範囲内において、一株当たり金九五円と認定したのは正当であつたと主張するので、この点について検討することとする。

ところで、株式は会社の資産に対する持分としての性格を有しており、株式が証券取引所に上場されておらず、かつまた当該会社の規模で小さい場合においては、このような会社資産に対する持分という面に重点を置いて、株式の譲渡がなされるのが通常であるといえる。しかし一方、清算中の会社であれば、株主は近い将来会社財産の分配という形で、その持分に応じ会社の資産の一部を現実に取得しうることが予測されるけれども、会社が営業活動を将来にわたつて継続しようとしている場合には、右のような持分は観念的な形態にとどまるのであつて、株主の経済的欲望はもつぱら利益配当請求権によつて満足させる外はないし、投下資本を回収しようとすれば、株式を他に有償で譲渡する以外に方法はないのである。その上、会社の資産が増加しても、これが直ちに株主の利益に還元されるわけではなく、会社の経済的基盤を強固にするため、法定あるいは任意準備金という名目の下に、一定の額まであるいは無制限に会社内部に留保されるのであり、その外各種準備金あるいは引当金という名目の下に資産として会社内部に留保されるものも多く存する。それ故、相当な規模を有する会社にまで、一株当たりの純資産額をもつてその株式の価格と評価すれば、それが有する客観的交換価値より著しく高額になる場合が往々にして生ずるのであつて、そのままでは到底妥当な評価方法とはいい難い。

これを本件についてみるに、当事者間に争いがない別紙記載の事実によれば、本件株式の譲渡がなされた直前の決算期である昭和三六年三月三一日現在において、訴外会社は金一五〇、〇〇〇、〇〇〇円の資本金、および金三八二、六四七、二二一円の純資産額を有しており、また昭和三五年四月一日より昭和三六年三月三一日までの間における売上高が金六、六三四、八三〇、三一四円にのぼつていることが明らかである。右事実から判断すれば、訴外会社は比較的規模の大きな会社であるというべきであるから、一株当たりの純資産額をもつて本件株式の時価であるとする被告の右計算方法は妥当でなく、これを採用することはできない。

(四)  更に、被告は、訴外会社に類似する会社としてゼネラル物産株式会社を選び出して比準法により算定すれば、本件株式の一株当たりの比準価額は金一一四円となり、この範囲内において、一株当たり金九五円と認定したのは正当であると主張するので、この点について検討することとする。

(1)  被告の主張する比準法の詳細については、昭和二六年一月二〇日直資一-五国税庁長官、国税局長発財産評価通達一八六、一八六の二、一八六の三に定められているのであるが、右計算方法は、要するに一株当たりの配当金額、一株当たりの収益額、および一株当たりの純資産額についてそれぞれ訴外会社と類似会社との間の比を求め、類似会社の一株当たりの価格にこの比を乗ずることによつて、三つの価格を算出し、この三つの価格の平均値をもつて、本件株式の比準価額とするものである。この方法は、株価はその会社の有する収益力と資産価値とが基本的要素となつて形成されているという事実に着眼し、なお配当金額も収益力の一つの現れとみるならば、より収益力に重点を置いて比準価額を算出しようとするもので、その基本的な態度は妥当なものとして是認しうるところである。もつとも、上場株式の場合には、その株価に市場性価値も併存していると考えられるから、証券取引所に上場されていない株式の価格を評価するに当たり上場株式の価格を基準にするとすれば果して非上場株式の客観的交換価値を正確に把握できるかという疑問は残るといえよう。しかし、このような疑問は、類似会社を選択するについての要件である事業の種類の同一性、および資産の構成、収益の状況資本金額等の類似性を厳格に解することによつて解消させるという方法をとるべきである。したがつて、訴外会社に類似する会社の選択さえ誤らなければ、比準法によつて訴外会社の株式の価格を評価することには合理性があるといわねばならない。

(2)  そこで、被告が主張するように、訴外会社に類似する会社としてゼネラル物産株式会社を選択することが適当かどうかについて、検討を進めることとする。

まず、事業の種類については、訴外会社および類似会社がともに石油製品をスタンドにて販売するスタンド販売会社であり、棚卸資産を商品勘定で表示していることは当事者間に争いがないので、両社の事業の種類には同一性があると認められる。

つぎに、資産の構成、収益の状況、資本金額等について考えてみる。当事者間に争いのない別紙記載の事実によれば、土地の総資産額に対する割合、純資産額の総資産額に対する割合、および売上総利益率については、訴外会社と類似会社との間に大差はなく、類似性があると認められるが、売上高、資産総額、および資本金額を比較すると、訴外会社はそれぞれ、金六、六三四、八三〇、三一四円(昭和三五年四月より昭和三六年三月まで)金二、三七〇、九七四、六一六円(昭和三六年三月末日)、金一五〇、〇〇〇、〇〇〇円であるのに対し類似会社はそれぞれ、金三三、二〇七、七三九、一五六円(昭和三六年一〇月より昭和三七年九月まで)、金一六、六一〇、二七四、〇一九円(昭和三七年三月末日)、金一、七一四、二七〇、〇〇〇円であつて、類似会社は訴外会社との比較において、売上高で約五倍、資産総額で約七倍、資本金額で約一一・四倍の規模をもつということになる(なお売上高と資産総額については比較する時期が異なつているが、結果は大差ないと思われる。)。更に、訴外会社は大阪府下で営業しているのに対し、〈証拠省略〉によれば、類似会社は昭和三七年三月三一日現在において、東京の本店以外に全国各地に四ヵ所の支店と七ヵ所の営業所を有し、二カ所に駐在員を置いている外、全国四四ヵ所に貯油所を設置しており、また、関係会社で仕入先でもあるゼネラル石油株式会社の株式の半数を保有し、この点でエツソ・スタンダード石油株式会社と対等の立場にあり、その上、ゼネラル瓦斯株式会社およびゼネラル海運株式会社とも関係が深いことが認められ、右事実に反する証拠はない。

以上の事実を総合して判断すれば、訴外会社と類似会社との間には、類似する点も多少あるとはいえ、特に事業の規模という点で大きな開きがあり、結局訴外会社に類似する会社としてゼネラル物産株式会社を選択するのは不適当であるといわねばならない。

表〈省略〉

(3)  したがつて、被告が主張する一株当たりの比準価額一四円というのは、適正な評価とはいえないことになり、これを根拠として訴外会社の株式の価格が一株当たり金九五円であつたとすることはできない。

四、以上の次第で、被告が主張する正当性の根拠はすべて失当であることが明らかとなつたが、最後に本件株式の時価相当額について言及することとする。

株式の額面額は、ほとんどの場合資本金の分割表示にすぎず、株式のもつ客観的交換価値とは無関係であるのは当然のことであるけれども、三(二)(3) (ア)乃至(エ)において認定した事実関係の下においては、本件株式譲渡に際し特にその有する客観的交換価値よりも低い価額で取引がなされたという事情が認められない以上、額面額である金五〇円をもつて、本件株式の一株当たりの時価であつたと判断することもあながち不当とはいえない。

五、結論

そうすると、本件処分のうち、所得金額一一、一七九、一六二円を超える部分、および右処分に伴つてなされた本件賦課決定は、いずれも違法であるから取消しを免れない。

よつて、原告の本訴請求は正当であるから認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 喜多村治雄 南三郎)

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